文化人類学者が全ての考える人に贈る 世界を考える、思考のヒント集
雑誌『TRANSIT』の元副編集長である池尾さん。現在は、京都在住のフリーランスとして活躍中です。これまで旅について考えてきた池尾さん(しかし、鼻炎持ち&虫に弱いので旅スキルは低め)が、本を通じて旅を見直します。
朝起きて、眼鏡をかけ、歯を磨いて、コーヒーを飲んで、バスに乗って美術館へ行って……。もしも、普段当たり前のように見えている世界が、実はそうじゃなかったら? どんな感じか、ちょっとワクワクしてくる。そんな風に、私たちの世界を見る目に変化をもたらしてくれるのが本書。
文化人類学と聞いて思い浮かぶのは、ジャングルや砂漠などの辺境の地で調査(文化人類学ではフィールドワークと呼ぶ)をする光景。ニッチな研究に見えるから、本書も、これを専攻する人向けの専門書と思うかもしれないけれど、むしろその逆だ。
本書は13人の文化人類学者が、それぞれ活躍するフィールドでの知見・体験を例に、文化人類学特有の思考法について記したもの。そもそものところから始めると、本書によると文化人類学とは、“どんどん要素を増やして複雑さに満ちた世界そのものを描き出そうとする” 学問で、“その複雑な世界を前に、一見無関係に見えることを比較対象にしたり、私たちが「常識」だと信じる物事の切り分け方とは違う枠組みをもってきたりして、考える。その遠回りに見えるプロセスを大切にしている” のだと言う。そこで大切にされているのが“「近さ」と「遠さ」” の考え方。フィールドワークのように対象物にできるだけ近づいて物事を理解しようとする「近さ」が大事な一方で、同時に「遠さ」のなかでも思考することが重要なのだそうだ。
本書では、自然、技術、戦争、貨幣、呪術、子育といった様々な分野に渡って思考のヒントが説かれていて、どれも面白くて捨てがたいけれど、ここではほんの入り口だけをご紹介。例えば「貨幣と信用」では、仮想通貨についてミクロネシアのヤップ島で使われてきた石の貨幣をもとに考えたり、「呪術と科学」では北米先住民のオジブウェイの人々が、誰かに危害を与えようとする際に行う呪術と、「コラーゲンをとるとお肌がプルプルになる」という現代日本のコラーゲン神話との間に類似性を見出したりする。また「技術と環境」では、人間とサイボーグという正反対(に見える)な存在について、人が石器を生み出したことで狩猟社会が成立した旧石器時代を例に論じてみたりする。
もう気づいているかもしれないけれど、本書の中に答えはない。あるのは、よりよい思考を巡らすためのアプローチの方法のみ。読了後は、必要なものが完璧に揃ったペンケースやツールボックスを手に入れた気分とも似ていて、これから何を考えようと楽しみになる。
大抵のことはググれば瞬時に正解(っぽいもの)が分かる現代世界に生きるのは、いつだって思考停止のリスクに晒されているとも言える。そんな今、本書は「もっと思考を!」とお尻を叩いてくれる、ある意味有難い存在とも言えそうだ。
(書名)
『文化人類学の思考法』
松村圭一郎、中川理、石井美保・編
世界思想社
TEXT / 池尾優(編集者)
この記事は、日常・非日常問わず、暮らしが豊かになるようなアイデアを提案するメディア『日非日非日日(にちひにちひにちにち)』からの転載となります。