「もやし炒めはごちそうです。」普段のキッチンの光景が変わる「料理の哲学書」
雑誌『TRANSIT』の元副編集長である池尾さん。現在は、京都在住のフリーランスとして活躍中です。これまで旅について考えてきた池尾さん(しかし、鼻炎持ち&虫に弱いので旅スキルは低め)が、本を通じて旅を見直します。
ウー・ウェンさんといえば、中国の小麦粉料理研究家のイメージが強かった私。これまで特に「餃子や肉まんを手作りしたい!」ということはなかったので、彼女のレシピ本にも縁がなかった。それなのに本書を手にとったのは、帯に書かれた「もやし炒めはごちそうです。」の一言に強く惹きつけられたから。
知らない人のためにまず説明すると、彼女のレシピはよく“シンプル”と評される。一言でいうと、少ない具材と最低限の調味料で素材の味を最大限に引き出すレシピ。例えば「もやし炒め」なら、当然具材は少なく、もやし、太白ごま油、酢、塩、胡椒のみ。それなのにレシピ通りに作ると、なんともしみじみ味わい深い一皿になるのだ。秘密は、手間のかけどころにある。臭みの原因になるもやしのひげ根を取り除いたり、油をダシと捉えて上手く使ったり、目指す仕上がりによって素材の切り方を変えたり、塩を入れるタイミングや火加減を慎重に観察したり。だから“時短”とは違う。でもこれらの視点は一度身につければ、日々の料理の確かな後ろ盾になってくれるはず。
本書では、家庭料理のレシピ数点を例に上げながら、それらを裏付ける料理のセオリーを紹介。母親として日々の料理と付き合ってきた彼女だから、母親目線での食に対する思想が詰まっている。生まれも育ちも北京なので、当然彼女の根底は中国料理だが、来日から30年以上日本の家庭料理に向き合う中で形成された持論は、ジャンルを越え家庭料理に向き合う全ての人にとって参考になるのではと思う。
試しに、本書のレシピ通りに「もやし炒め」と「れんこんのねぎ油和え」を作ってみたら、自分でもその出来に驚いてしまった。彼女のレシピは再現性も高いのだ。なぜこんなに美味しいの?という家族の感想にもニンマリ。たくさんの具材や珍しい調味料を使っているわけでも複雑な味のソースをこしらえているわけでもないから、不思議に感じるよう。
「今夜のおかずは何にしよう?」とネットで検索すれば、大抵のレシピが得られる今。その日の料理をうまく切り抜け、やり過ごすのにはとても便利なのだけど、反面、料理の本質も見失われやすい。だからこそ、こんな本をずっと探してた。食や料理は生きている限り続いていくもの。その仕組みへの深い理解とより良い向き合い方を心得ることで、人生の大部分が一層豊かな時間になるはず。
「早くレシピから解放されましょうね」ウー・ウェンさんのそんな声が聞こえてきそう。
(書名)
『料理の意味とその手立て』
ウー・ウェン・著
タブレ
TEXT / 池尾優(編集者)
この記事は、日常・非日常問わず、暮らしが豊かになるようなアイデアを提案するメディア『日非日非日日(にちひにちひにちにち)』からの転載となります。