猫の生と死を見守る写真家のあたたかい眼差し『庭猫スンスンと家猫くまの日日』
雑誌『TRANSIT』の元副編集長である池尾さん。現在は、京都在住のフリーランスとして活躍中です。これまで旅について考えてきた池尾さん(しかし、鼻炎持ち&虫に弱いので旅スキルは低め)が、本を通じて旅を見直します。
著者・安彦さんとの初めての仕事は2013年に雑誌の撮影で行った北ベトナム。山岳地帯で昔ながらの暮らしを送る、少数民族に迫る企画だった。帰国後、彼女に写真を見せてもらうと、人びとと動物の日常風景を切り取った写真からは、どれも両者の関わりを慈しむような眼差しが感じられる。写真に詳しい人もそうでない人も、見ると、心がじんわり温かくなる。彼女の写真にはそんな魔法があるように思えた。
2015年、彼女は自宅の庭に遊びにくるようになった通い猫との日々を記録した写真集『庭猫』を刊行。撮影では現地で出会った動物を撮影するのがお決まりのようで、2018年には、それらの写真をまとめた写真集『どこへ行っても犬と猫』を発売した。
「『どうぶつの森』のしずえさん、池尾さんに似てるのよ」
久しく連絡をとっていなくとも、こんなメッセージを突如送ってくるのも彼女らしくて微笑ましい。彼女にとっては、人も動物もさほど違いがないのかもしれない。
本書は、そんな写真家・安彦さんの新著。19年も生活を共にする飼い猫「くま」と、ある日突然庭にやってきた野良猫「スンスン」との日々をまとめた写真集だ。かたや家の中で暮らす猫と、かたや外でたくましく生きる猫。両者の命を見送るまでの日々が、大切に描かれている。
外猫に去勢手術を受けさせてまで自由を奪うべきか?等、猫の生に介入することに戸惑いながらも「せめて外で健康に生きられれば」との一心で、著者はスンスンのお世話をするように。そんなまっすぐな気持ちに呼応するように、スンスンは次第に著者の家へ通うようになり、同じく餌をあげているご近所さん同士のつながりも濃くなっていく。そんな人と猫の心が自然と通い合っていく様に、すっかり心が和んでしまう。なんといっても、これは『ALWAYS 三丁目の夕日』の話ではない。前へ前へと進み続けるスクラップ&ビルドの東京で、2020年に確かに起きたことなのだ。都会の乾いた心を癒すオアシスのような物語に、変わらない人と動物との不思議な繋がりを見る。
くまは家猫でスンスンは時折家に遊びにくる野良猫。だから、本書に収められた写真と物語は、どれも自宅から半径100m以内の出来事と言える。窓際では老年の猫がのびをし、門扉を開けると野良猫が現れ、ご近所さんとスンスンの現状を報告し合う。そんな猫を取り巻く日常風景も、彼女のファインダーを通すと、一瞬一瞬がかけがえのないひと時になるから不思議。それに気付いた時、本書にそこはかとなく漂う著者特有の眼差しが浮き上がってくる。それは、毎日シンプルだけれど温かいご飯をこしらえて、きれいに整えた家で子どもの帰りを待つような母親像にも重なる。そこには、子どもの背中を見守り、必要な時にだけ手を差し伸べるような、親子の絶妙な距離感も感じ取れる。
今日はどんなことが起きたっけ? 本書に出会った後は、半径100mの出来事がほんの少し愛おしく映るかもしれない。
(書名)
『庭猫スンスンと家猫くまの日日』
安彦幸枝・写真&文
小学館
TEXT / 池尾優(編集者)
この記事は、日常・非日常問わず、暮らしが豊かになるようなアイデアを提案するメディア『日非日非日日(にちひにちひにちにち)』からの転載となります。