「“スマホがあるから大丈夫”は大丈夫じゃない」山小屋オーナーが語る山の現状
新型コロナウイルス感染症が世界的に広まって2年目。今年も収束がなされないまま、2回目の夏を迎えることとなった。コロナの影響でアウトドア好きの行動にも変化が生まれ、遠くの高い山ではなく、近くの低い山を目指す愛好家が増えているという。やはり週末や休日は人出が多くなるため、山小屋を利用しようとしても、現地で混み合ってしまっては、アウトドアの意味がない。そういった背景から、テント泊を選択する人もいるだろう。
今回は、山岳競技の元国体選手であり、塔ノ岳近くの山小屋「花立山荘」でオーナーを務める高橋守さんに、山の現状などを伺った。
神奈川県と東京都の間にある丹沢山塊。塔ノ岳(1491m)へと通じる大倉尾根の上にあるのが花立山荘だ。麓からは約3時間の位置にあり、標高差は1000mほど。視界の広がる位置にあるので、身体だけなく心も休めることができるのが嬉しい。自家製のお汁粉や豚汁、かき氷、コーヒーなどで疲れを癒したい。宿泊も可能で、富士山の裾野に沈む夕陽、眼下に広がる夜景、かがやく満天の星と、厳かな日の出、その日の光に真っ赤に染まる富士と、見所は多い。宿泊したからこそ見られる情景がある。
髙橋さん:昭和30年(1955年)に第1回目の国体が神奈川県であったそうです。その時に合わせて丹沢のこの小屋を整備しようと作られたのが始まりです。初代、2代、3代までやったのかな……。私が入ったのが、今から31年前の35歳の時です。私が国体選手でもあったので、よく山の中でトレーニングをしていました。ずっと山にいると、山小屋をやってみたくなるんですよね(笑)。いろんな山の話ができますし、皆さん情報通。教えてもらうことも多いんです。会社員でもありましたので、土日だけ山小屋をあけておりました。
――高橋さんのキャンプとの向き合い方についても教えてください。
髙橋さん:私自身、山小屋を経営していますが、登山時にはあまり山小屋を使いません。基本的にはテントを持っていきます。私の場合、キャンプは山を登るための手段。ですから、登ってそこで何かをするわけでは無いです。宿泊して体を休める為のものですね。お酒を飲みながら、1日の反省と明日のことについて話すぐらいでしょうか。ウイスキーや焼酎を500mlほど持って行くことがあります。3日間分ぐらいの量ですね。
――登山は単独ではなく仲間といく時が多いのですか。
髙橋さん:両方ですね。若い頃はスピード登山をしていたので、誰もついて来られずに、1人が多かったです。ですが今は、パーティーが多い。百名山が話題になるので、登った山を数えたら、すでに39山登っていた。
その後、残りの61山を3年間で登りました。金曜日の夜に現場に入って、車で寝て、朝1本登ります。午後に移動して2本目の登山。それでまた移動して泊まって、朝登って帰ってくるというのをやっていました。ピークハンターだったんです。今は余裕を持った山行をして、少し景色の良さなども感じ取ろうと思っています。
――最近の登山で気になるシーンはありますか?
髙橋さん:私が最近感じているのは、スマホに頼りすぎているなということ。スマホで地図が見られ、現在地も分かるのは便利ですけれど、電子機器なので故障が伴うものです。また、紛失の可能性も0ではありません。やっぱり地図を読めるようにしときなさい、と思いますね。何かトラブルがあってスマホが使えない時、地図と磁石が必要です。
――デジタルが一般化されたことで、簡単に山に入ってくる層が増えてきたってことですかね。
髙橋さん:そうですね。私からしたら非常に怖いですけどね。機械に頼ってしまったらアウト。何があるか分からないから。10年ほど前のことですが、埼玉県両神山での遭難事故が印象的です。2週間経ってから遭難者は無事生還しました。山で道を間違えたときは、気づいたタイミングで元の位置まで戻るのが山の鉄則。ですが、この時は憶測でどんどん道を下ってしまいました。そこで落下し、負傷して歩けなくなったんです。やはり、道を間違えた時は、どんなに時間がかかろうが、戻ることが大事です。
そして、入山届。これも基本的なことですが、この事故の時は提出がなされてなかった。関東の山で百名山の一つと家族に伝えていたものの、そんな山はいくらでもありますし、捜査隊も決められない。入山届があるだけで、市区町村が動き出せるですよ。でも、それができなくなった。遭難というと、北アルプスや南アルプスなど大きい山を想定しがち。ですが、丹沢など身近な山でも起こるんですよね。
――山で事故が起きないように、花立山荘ではどのようなケアされていますか?
髙橋さん:無理な登山をしないようお声がけしています。我々はどんな時も、「地図」「雨具」「ヘッドランプ」を持って行動しますが、最近ではヘッドランプを持っていない若者を見かけます。心配で聞いても「スマホがあるから大丈夫」と。しかし、これは先ほども申し上げた通り、トラブルになる可能性がある。山小屋でも購入できるよう準備はしています。昔は、地元の山岳会に入ったり、山岳部に入ることで、こういった山の注意を学ぶ機会がありましたが、今はその機会が減っているように感じます。なので、できる限りお声がけして、登山のお話をしています。
――ECで買い物する機会が増えて、そういった情報に触れる機会がないまま山に入ることも増えたのかもしれません。
髙橋さん:そうですね。デジタルはデジタルで活かせば良いです。宿泊されるお客さんからスマホ充電のお願いがあったりします。ソーラーパネルと風力発電がありますが、電力は十分ではありません。また最近では、気軽にスマホ充電して欲しいという思いから、LACITAのポータブル電源・エナーボックスも設置しました。使い勝手や発電量などまだ不十分な部分があるのですが、将来的には活躍してくれると期待しています。
日常生活でもスマホの充電が万全でないと心配になる。山の中ではもっと大事。潤沢な充電量があるからこそ冷静に判断できたり、安全に繋がることもあると思います。今後、この充電できるスポットが地図上にも記載されるといいですね。トイレの場所が記されているのと同じように。
近くの低い山に登山しキャンプする、コロナの影響もあって増えた遊び方の一つかもしれない。しかし、中には装備の甘い実施者と遭遇することもあるだろう。そんな中で、我々にできることはあるのか。
多様な人が山の中に入る昨今、各人の広い目配りが、大きな事故を防ぐきっかけになることもあるだろう。