41年前に誕生したモンベル「ムーンライトテント」、リニューアルしても変わらない指針
変わらずに愛されている、アウトドアアイテムがある。機能性なのか、はたまたデザインなのか、長く選ばれて続けるには、それなりの理由があるのだろう。そして同時に、多くのキャンパーたちの思い出も含まれている。そんな逸品の歴史を辿る企画、第2回目はモンベルのテントだ。
“日本のテントの定番”を生んだモンベル
アウトドア愛好家にとって、モンベルが日本を代表するアウトドアブランドであることは周知の事実だろう。「Function is Beauty(=機能美)」と「Light&Fast(=軽量と迅速)」をコンセプトに掲げ、46年にわたって独自のノウハウを詰め込んだものづくりを行う日本発アウトドア総合ブランドだ。
モンベルは高品質の製品が“いつも手ごろな価格で手に入る”努力や、時代のニーズに合った新製品の開発を欠かさない。その甲斐もあってか、いまやモンベルの製品はアウトドアユーザー以外にも広く浸透している。
たとえば、公園に行けば子どもたちがモンベルの帽子をかぶっているし、乳児を抱くお母さんはモンベルの抱っこ紐を使っている。ビル街を歩けばビジネスマンがモンベルのスクエア型の黒いビジネスリュックを背負っていたり、冬はスーツのジャケットを脱いだらモンベルのインナーダウンを着ている、なんて姿も見かけたりする。
もはやモンベルはアウトドアの域を超え、世間からも信頼を寄せられているブランドとして成長を遂げた。
そんなモンベルが今から46年前の創業後まもなくして着手したのは、テントの開発だった。その名は「ムーンライトテント」。これがのちに“日本のテントの定番”と言われるベストセラーモデルになっていく。
多雨多湿だからこそ生まれた、“吊り下げ式”
「1970年代頃のテントと言えば、重くてかさばるものが多かったんです。耐水すら十分にできていないモデルもあり、テントの周りに溝を掘って水はけ対策をする状況でした。今考えると環境にもよくないですよね」と、モンベル広報部の渡辺氏は話す。
大学時代ワンダーフォーゲル部に所属していた渡辺氏も、かつてはそういったテントで仲間たちと山で寝食を共にしていたという。
重たい、かさばる、設営もひと苦労……。そんな不便さを解決するべく、モンベルは1975年の創業と同時に、軽くて組み立てやすいテントの開発にいち早く動き出した。山の悪天候に耐えられるよう、耐風性・耐水性も重視。そこで誕生したのが「ムーンライトテント」だった。
作りたいテントのイメージは固まった。しかし、理想を具現化するための“材料”がなかった。
ならば自分たちで作るしかない。そこで、繊維商社まで自転車で行ける距離のところに会社を構えることにした。当時はインターネットが普及していない時代。密に連絡を取り、コミュニケーションを深めるためには直接会いに行くのが良策。あえて繊維商社の近くに拠点を作り、三位一体となって生地の開発に取り組んだ。
このムーンライトテントは、3種類のナイロンを使い分けている。
「インナーテントは、撥水加工を施した70デニールのリップストップナイロンで軽量かつ強度を出します。グランドシートは防水性重視でウレタンコートを施し、強度のある70デニールの66ナイロンを。フライシートはグランドシート同様のナイロンをリップストップ地にして強度を担保しました。この創意工夫は創業者辰野の経験からくるものです」(渡辺氏)
創業者の辰野勇氏は、モンベルを立ち上げる前に繊維や素材を扱う商社に勤めていた。その際に特殊な繊維にたくさん出会っていたため、素材に対して豊富な知識を持っていたのだ。
「そして、テントの耐久性を出すために重要なのは縫製です。縫う=生地に穴を開けるということ。しかし、防水性を考えると穴は少ないに越したことはない。そこで、生地に負荷がかかる場所がどこなのか研究し、ストレスのかかる場所には生地をそれぞれ折り重ねました」(渡辺氏)
ポリエステルスパンという強い糸を使ってダブルステッチの縫製を施し、高い耐久性を実現。当時はテントの縫製に特化した工場がなかったため、まずは自分たちでサンプルを作って耐久テストをするなど実験を重ねたという。
今まで誰も思いつかなかったことを考え、実行し、製品化する。言葉にするのは簡単だが、気の遠くなる作業ばかりだ。
しかしスゴイのは“素材”だけじゃない。テントの”デザイン”も画期的だった。
「インナーテントを吊り下げ式にすることで、日本の多雨多湿な状況下でも比較的快適に過ごせるようにしました。三角形を基本とした接合方法なので、強度もあります」(渡辺氏)
吊り下げ式テントは、とにかく設営がカンタンでスピーディー。これは多くのユーザーが実感していることだと思う。
これまで生地に縫い付けられたスリーブにポールを通す構造が主流だったインナーテント。これを吊り下げる形にすることで、フライシートの間に隙間が生まれ、何時間雨が降っても垂れ下がらず、通気性もよくなる。
この画期的な構造は、“月明かりでも設営できる”ことから「ムーンライトテント」と名付けられたのだ。
2020年、41年ぶりの大幅リニューアルに踏み切ったワケ
そんな画期的なテントは、2020年に41年ぶりに大幅リニューアルを遂げた。もはや日本のテントの代名詞として認知されていたベストセラーモデルのアップデートに踏み切った理由は、なんだったのだろうか?
「もちろん、41年間何も変わらなかったわけではございません。マイナーチェンジは何度も行っておりましたが、大きく見直したのは2020年が初めてです。なぜなら、生地はもちろん、ポールの素材見直しや構造、また居住性など本格的に見直したらもっと良いものが出来る確信があったからです」(渡辺氏)
アップデートされたところはいくつもあるが、特筆すべきは「軽量化」と「コンパクト化」、そして「居住空間の拡張」だ。
素材は日々進化を遂げている。そのため生地とポールを見直すことで、今より軽くできるのは明確に分かっていた。
そこで独自のノウハウを詰め込み、すべてのパーツの軽量化に成功。じつを言うと使用するパーツは増えているのだが(これについては後述)、総重量は2.3kgから1.71kgで、590gも軽くなっている。これは全体の30%減で、500mlペットボトル1本分以上も軽い。おかげで収納サイズもスマートになり、“健全なダイエット”は見事大成功となった。
そして居住空間が広くなった点も、ユーザーとしてはかなり嬉しいポイントだ。
初代ムーンライトテントはA型フレームだが、これはドーム型と比べると居住性が劣る。そこで、吊り下げるためのフックを1個から10個に増やし、丸く膨らませるような構造にすることで居住性を広くした。
また、天井フックやフレームと本体の連結部分など、部分的な設営もよりカンタンになり、設営のしやすさも格段に向上している。
このように、設営がカンタンにおこなえるという当初のコンセプトのままパワーアップしたのだ。
この圧倒的進化を受け、市場ではどのような反応があったのだろうか?
「ムーンライトテントにはファンがかなり多く、それを変えるとなると否定的な意見が出るかもしれないと思ったのですが、“新しくなったし久しぶりにテント買い替えるか”という方がいらっしゃったようで、とても嬉しく感じています」(渡辺氏)
山ヤが山ヤのために、山で本気で遊べるように作ったテント。それが41年という時を経て、ソロキャンプやバイクツーリングを楽しみたい人々からも受け入れられ、売上は好調だという。昨今のキャンプブームもあるだろうが、やはりムーンライトテントがエントリーユーザーでも組み立てやすく、快適だからだろう。
現在、“ムーンライト”と名乗るモデルは、ムーンライトテント1人用~4人用のほか、今秋発売予定の「ムーンライト キャビン4」がある。
大型になっても、ムーンライトテントのDNAは健在で、設営のしやすさ、居住性のよさ、軽量性どれをとっても文句なし。今後テントの購入を考えているファミリーキャンパーの新たな選択肢に加わるだろう。
先駆者だからこその、真のモノ作り
製品の開発にあたり「市場調査はほとんどしない」というのが、モンベルのやり方だ。これは創業当初から変わらぬ姿勢だという。
「我々は自分たちの欲しいモノを作るという考え方です。モノ作りには眼力が必要ですから、作り手がそのアクティビティにハマり込まないと、いいモノは作れない」(渡辺氏)
渡辺氏が言うように、モンベルは“社員こそ最大のユーザー”。近頃のモンベルの動向をみていると、子ども用品やペット用品の新作が相次いでいるが、これはやはり“中の人たち”の声を反映した結果なのだそう。
製品にオリジナリティを出すためには、先駆者である必要があり、先駆者でいるためには、その道を突き詰めなくてはならない。そう考えると、「ムーンライト」という、吊り下げ式の快適さを知らしめたテントがモンベルから生まれたのは、必然的だったのだろう。
写真提供/モンベル